いなくなった猫についての小話

ぼくたちは猫を飼わなくなった。そして、時がながれた。とうさんはあいかわらずもの忘れがひどく、ねえさんはカードでだけしゃべり、ぼくは窓の外を通りすぎるなん百匹もの野良猫を見続けてきた。うちのなかにぽっかり空いた空白は、充たされないままだ。
ねえさん。こうやって猫を観察し続けてきたぼくの意見によれば、あらゆる猫は、みんな少しずつ、ヘンリー四世とフォルスタッフに似ている。そして、猫と人間も、みんな少しずつ、ヘンリー四世とフォルスタッフに似ているのだ。
ねえさん、いつかあなたもそのことを認め、カードではなく、その声でしゃべり、あたらしい「ヘンリー四世とフォルスタッフ」をぼくたちのうちに導きいれる日がくるだろうか。 ー高橋源一郎「ヘンリー四世とフォルスタッフ」