今日も小話をひとつ

あの日、ショーペンハウエルを包んでくれた書店員さん、あの日は警察に追われ、隠れる場所に困って、書店に飛び込んでしまいました。おかげで見つからずにすんだと思ったら、その日の夜にアルトナ駅の中であっけなくつかまってしまった。事情はいろいろあったが、人の命を奪ったのだから罰せられて当然。ここの監獄は人権尊重モデル館なので、幽閉者の権利を守る組合もあるし、図書館もあるし、好きな授業も受けられる。そこで、運命の女神に誘われるままに、図書館でショーペンハウエルを借りて読み、今はなんと哲学の授業まで受けている。自分でも笑ってしまう。外の世界に生きているときには哲学者の言うことなど侮っていたが、独房に居ると本の面白さが分かる。人間は、ひとりで生きている時にしか本当の意味では賢くないというのは本当らしい。一度、面会に来てほしいです。  ー多和田葉子「あやめびと」

まずは小話をひとつ

ある時期ぼくはよく一つの夢を見た。朝まだ寝ぼけたまま新聞を開く。「三つのいいニュース。レオス・カラックス死亡」とある。びっくりする。だって、レオス・カラックスは自分だとしょっちゅう思ってたわけだから。それですっかり気が楽になる。ぼくはレオス・カラックスじゃない。ぼくは死んでない。レオス・カラックスは死んだ。一度に三つのいいニュースというわけだ。